日本と海外

日本と海外の国の比較と名古屋愛知情報

名古屋の食

味噌カツ

生まれてから70年以上名古屋市に住んでいるので、名古屋めしのルーツも知っているつもりです。

味噌汁は赤味噌(大豆から作った味噌)で、その味に慣れ親しんでいます。そのため、赤味噌はソースとしてよく使用されます。1970年代には、味噌カツが一般的に提供されていました。油で揚げたカツに、濃厚な赤味噌がよく合いました。ウースターベースのとんかつソースか味噌かを選ぶことができる店もありました。

料理として、鮒味噌があったので、カツのソースに赤みそを使う事に違和感を感じませんでした。名古屋めしとしって、他の地方にはないのかと驚きました。

きしめん

 

きしめんには、花かつお、ほうれん草、甘辛く煮た油揚げ、そして薄いかまぼこだけを入れます。甘辛く煮た油揚げで味を調整します。他の具材は邪道です。名古屋人は入れません。

きしめんは正月の御雑煮の変形です。名古屋の御雑煮は四角く切った餅を焼かずに煮て柔らかくしました。

かつお・餅菜(小松菜の1品種)を入れ、醤油をだしで伸ばしたものです。それ以外を入れるのは邪道です。

つゆは澄んでいて、だしが利いていなければなりません。餅はしっかり搗いていないと つゆ が濁ります。

 

あんかけスパ

 

あんかけスパを初めて食べたのは、おそらく約50年前のこと(1975年頃)だと思います。そのお店は「ヨコイ」だったと思います。現在では、ソーレ・ナポリ・ゆうぜんなどの専門店が多く存在します。また、専門店でなくても喫茶店でも提供されている場所が多いです。それ以前は、スパゲッティはナポリタン(鉄板に入ったトマトソース味で、ソーセージ、ピーマン、玉ねぎが入っており、周囲には卵が添えられています)とミートソースしか存在しなかったので、あんかけスパを初めて食べたときは衝撃でした。日本のスパゲッティはイタリアのものとは異なると聞いていたので、これが本場の味なのかと思いました。名古屋めしと呼ばれることに、さらに驚きました。

あんかけスパには、ピカタ(豚肉の黄金焼き)をトッピングしたものもありますが、油で揚げた野菜をのせたもの、エビフライ、とんかつ、野菜天ぷらをトッピングしたものなど、さまざまなバリエーションがあります。ちなみに、最近までイタリアが先進国であり、フランスが後進国であったという事実を知りました。

 

台湾ラーメン

台湾ラーメンを初めて提供したのは、「味仙」という台湾人が日本で営業する中華レストランでした。

彼らは担々麺を参考にして台湾ラーメンを考案しました。このラーメンは、ニンニクの効いた辛いスープにニラとひき肉が入っているのが特徴です。

味仙は最初、今池に店を構え、しばらくして藤が丘に支店を開き、その後名古屋各地に展開しました。

 

 

味仙では、青菜炒め、酢豚、あさりの酒蒸しなどが人気でした。酢豚は、通常の甘辛いチリソースを使用しない独自のスタイルで、醤油と中国の香辛料、ニンニクなどを使い、揚げた豚肉、きゅうり、刻み葱などが具材として使われました。これは通常の酢豚とは異なる味わいでした。どの料理も非常にニンニクの効いています。

味噌煮込み

名古屋の食文化の特徴は、赤みそを使った料理、質素さ、合理性だと思います。

昭和30年代の後半に、母に連れられて山本屋で味噌煮込みを食べました。注文したのは味噌煮込みとご飯でしたが、箸は太く、先端もほとんど同じ太さでした。また、うどんとご飯は硬く、子どもの私は、うどんが「煮えていない」し、ご飯が「芯がある」と言いました。これは時間とガス代を節約するためだと思います。あまり煮なくても美味しいようにうどんを練り、米と炊き方を考えたのでしょう。

味噌おでん・鮒味噌

名古屋でおでんと言えば味噌味が一般的でした。具は大根・ちくわ・半身・こんにゃく・卵でした。1965年ごろまでは卵が高価であったため、昔は卵のおでんは他の具よりも高価だったと思います。

醤油味のものは関東煮と呼ばれました。冬の駄菓子屋には、おでんが煮てあって、味噌ダレの壺も入れてありました。

鮒味噌

冬には鮒の腹に大豆を詰めて赤味噌で長時間煮込んだ鮒味噌をよく食べました。

鮒の鱗とヒレを焼いて、低温で長時間煮るため、骨は簡単に崩れました。

 

鰻のひつまぶし

細切りにした鰻をお櫃のご飯の上に載せ、うな丼として食べたのちに海苔やネギなどを加え、出汁をかける料理ですが、初めて食べたのはおそらく2000年前後だったと思います。

子どものころ、私は柳橋(伏見の西)にある「大友」という専門店に時折行きました。

この専門店では、料理は鰻だけでした。提供されるものはどんぶりの上下と長焼きの鰻だけで、焼き肝もあり、吸い物にも肝が入っていました。

今でも多くの専門店で同様のやり方が行われていますが、鰻は腹を開いて調理されています。ひつまぶしの起源については、切り落としで余った鰻を賄いとして使用した可能性があると考えられています。裏メニューを知らなかった私なので、いつから ひつまぶし があったのか分かりません。