歴史と世界

私達の「常識」をホモサピエンスの歴史から見る

「働く」と「労働」

はじめに

私たちは普段、「働く」という言葉を何気なく使っています。

  • 会社で仕事をする。
  • 家事をする。
  • 地域活動に参加する。
  • 家族を支える。

これらはすべて「働く」と表現できます。

しかし、「労働」という言葉になると少し印象が変わります。

  • 労働時間

  • 労働条件

  • 労働問題

  • 過重労働

どこか義務的で、苦労や我慢を伴う響きがあります。

本来は似た意味の言葉であるにもかかわらず、なぜこのような違いが生まれたのでしょうか。

その背景には、人類の歴史と社会の変化が深く関係しています。

「働く」と「労働」

まず言葉の違いから考えてみましょう。

「働く」は比較的広い意味を持っています。

  • 家族のために働く

  • 地域のために働く

  • 自分の夢のために働く

  • 社会のために働く

そこには目的や意義が感じられます。

一方、「労働」は経済的な意味合いが強くなります。

  • 労働時間

  • 労働市場

  • 労働者

  • 労働組合

こちらは、自分の能力や時間を提供し、その対価として報酬を受け取る行為を指します。

大まかに言えば、

働く=目的を持った活動
労働=経済活動や強制されて働きます。

労働には働かされるニュアンスがあります。

もちろん完全に分けられるものではありませんが、私たちは無意識のうちにこのような使い分けをしています。

狩猟採集時代の「働く」

ホモサピエンス史では狩猟採集時代としていますが、それはほとんどの人が農耕・牧畜を基盤にした食品を作る世界にいる為です。狩猟採取とは生物の本来の営みで、生きることと一体でした。ホモサピエンスも大半が狩猟採集社会で、農耕を始めたのはついこの前と言えます。農耕を始めたのは1.15万年前と推定され、30万年とされるホモサピエンスの歴史ではごく最近といえます。世界各地にいる非接触民族を眺めると文明世界の私たちと価値基準が全く違います。

生活は楽でなく、飢餓や病気、事故の危険は常に存在していました。しかし現代のような意味での「労働時間」や「勤務時間」は存在していませんでした。必要な食料を確保し、住まいを維持し、仲間と協力して生きる。生活と仕事が分離していなかったのです。

生きることそのものが「働くこと」だったと言えるでしょう。

農耕社会と「労働」

約1.15万年前、人類は各地で農耕を始めました。農耕によって安定した食料供給が可能になり、人口は大きく増加しました。その結果、人類はより豊かな文明を築いていきます。

一方で農耕には継続的な作業が必要でした。

  • 種まき

  • 草取り

  • 水路の整備

  • 収穫

  • 貯蔵

これらは季節に合わせて行わなければならず、狩猟採集時代よりも計画的で継続的な仕事が求められました。

さらに定住生活が始まると、

  • 都市

  • 国家

  • 軍隊

といった社会制度も発達します。収穫物の一部を共同体や支配者へ納める義務も生まれました。こうして働くことは、生きるためだけでなく、社会を維持するための役割や義務という側面を持つようになります。

ここに「労働」の原型を見ることができます。

日本における「働く」

近代以前の日本では、働く主体は個人ではなく「家(いえ)」でした。

  • 農家であれば田畑を守る。
  • 商家であれば商売を継続する。
  • 職人であれば技術を継承する。

個人の希望よりも、「家を存続させるために働く」という考え方が基本にありました。

そのため現代のような「会社員」や「労働者」という意識はあまり強くありませんでした。

仕事は生活そのものであり、家族や地域共同体と切り離せない存在だったのです。

資本主義が「労働者」を生んだ

大きな転換点となったのが産業革命です。

工場が建設され、多くの人々が農村から都市へ移動しました。

土地や生産手段を持たない人々は、自らの時間や能力を企業へ提供し、賃金を受け取るようになります。

ここで初めて、

  • 働く場所

  • 暮らす場所

が大きく分離しました。

さらに、

  • 出勤時間

  • 労働時間

  • 賃金

  • 雇用契約

といった概念が生まれます。

働くことは、

「生活のために労働力を提供すること」

として捉えられるようになりました。

この頃から、「労働」という言葉が持つ重い響きが強まっていったと考えられます。

労働者

工業化が進むと、人々は工場の時計に合わせて働くようになります。

そこでは、

  • 同じ作業の繰り返し

  • 長時間労働

  • 厳しい規律

が求められました。

自分が作った製品の全体像を見る機会も少なくなり、仕事の意味や成果を実感しにくくなります。

その結果、

働く=目的を持つ活動

よりも、

労働=生活のための手段

という意識が強くなりました。

私たちが「労働」という言葉に重さや窮屈さを感じる背景には、この産業社会の経験があるのかもしれません。

再び広がるか「働く」

しかし現代では再び変化が起きています。

ITやAIの発達により、

  • 在宅勤務

  • フリーランス

  • 副業

  • 個人事業

など、多様な働き方が可能になりました。

また、

  • ボランティア活動

  • 地域活動

  • オープンソース開発

  • 趣味の創作活動

のように、報酬を主目的としない活動も社会を支えています。

お金を得るための「労働」と、社会や自分のために「働くこと」が必ずしも一致しない時代になりつつあります。

産業革命以降に強く結び付いた「働く」と「労働」が、再び分かれ始めているとも言えるでしょう。

おわりに

「労働」と「働く」は似た言葉ですが、その背景には大きな違いがあります。

「働く」は本来、生きることそのものや、誰かや何かのために力を尽くすことを意味していました。

しかし農耕社会の成立、国家の形成、そして資本主義の発展によって、人々は「労働力」を提供する存在として位置づけられ、「労働」という概念が強く意識されるようになりました。

人類の歴史は約30万年と考えられています。その大部分は狩猟採集社会であり、農耕社会の歴史は最後の数%に過ぎません。

そう考えると、私たちが現在当たり前だと思っている「労働中心の社会」は、人類史全体から見れば比較的新しい仕組みとも言えます。私たちは進化していくと言う幻想にどっぷりつかり、文明が無い世界を不幸だと見てしまうように思います。そして、ストレスの多い生活に疲弊し、発散の為に色々なことをせざる得なくなっているかも知れません。

AIやITによって社会が大きく変わりつつある今、再び問われているのは、

人は何のために働くのか

という根本的な問いではないでしょうか。

生活のためなのか。
家族のためなのか。
社会のためなのか。
それとも自分自身のためなのか。

「労働」と「働く」の違いを考えることは、人間とは何か、生きるとは何かを考えることでもあります。

私たちは今、その問いに改めて向き合う時代を迎えているのかもしれません。

円安と株高 ー30年のツケ ―

はじめに

近年の急激な円安について、「一時的な為替変動に過ぎない」という見方があります。

確かに為替相場は日々変動し、その要因として日米金利差や投機資金の動きが挙げられることも少なくありません。

しかし、現在起きている円安は、それだけで説明できる現象なのでしょうか。

私はむしろ、日本経済が30年以上にわたって先送りしてきた課題が、世界経済の変化によって一気に表面化した結果だと考えています。

一方で、日本株は海外投資家から再評価され、株価は上昇を続けています。

本来であれば、国力の低下を示すような円安と、企業価値の上昇を示す株高は矛盾しているようにも見えます。

なぜ円安と株高が同時に進行しているのでしょうか。

その背景には、世界経済そのものが大きな転換期を迎えていることに加え、日本特有の経済構造があります。

戦後の日本は、高度成長期を経て世界有数の経済大国となりました。しかし、バブル崩壊後の30年間はデフレと低成長に苦しみ、その間に世界経済の構造も大きく変化しました。

その変化に十分対応できなかった結果が、現在の円安として現れているのではないでしょうか。

経済学は本来、過去の経験を整理し、将来を予測するための学問です。しかし現実の経済は常に変化しており、過去の成功体験がそのまま通用するとは限りません。

特に現代経済学の多くは、基軸通貨であるドルを中心とした経済圏で発展してきました。その理論を、異なる歴史や構造を持つ日本経済へそのまま当てはめることには限界もあります。

実際、日本は30年以上にわたり停滞から抜け出せませんでした。

もちろん、経済学そのものを否定するつもりはありません。しかし、現実と理論の間に生じたズレについては、改めて検証する必要があると思います。

本稿では、現在の円安と株高を単なる市場の変動としてではなく、日本経済が抱えてきた構造的な問題の結果として考察してみたいと思います。

デフレでも生活を維持できた理由

1990年代初頭のバブル崩壊以降、日本は長期デフレの時代に入りました。

本来であれば、

  • 新産業への投資

  • 技術革新

  • 賃金上昇

  • 内需拡大

によって成長を目指す必要がありました。

しかし多くの企業が選んだのは「成長戦略」ではなく「コスト削減」でした。

具体的には、

  • 人件費の抑制

  • 非正規雇用の拡大

  • 海外生産への移転

  • 中国や東南アジアからの安価な部品調達

などです。

政府が政策でバックしたこともあって、企業は利益を維持できましたが、その代償として賃金上昇は抑えられました。それでも国民生活が急激に悪化しなかったのは、海外から安価な製品や部品を輸入できたからです。3000円以上していたシャツが1000円程度になりました。家電製品もほぼ半額です。100均では結構な日曜品が買えます。スーパーでは東南アジアから海老や鶏肉が入り、中国からは鰻です。スマホやノートパソコンには高性能な東南アジア製のデジカメがついています。こうした安いものを買うことで、給与が上がらなくても生活は豊かになりました。

グローバル化というショックアブソーバー

日本の長期デフレを支えた最大の要因の一つがグローバル化でした。

中国をはじめとするアジア諸国は豊富な労働力を背景に急速な工業化を進め、「世界の工場」となりました。

日本企業は、

  • 安い部品

  • 安い製品

  • 安い労働力

を活用することでコスト上昇を抑え続けました。

言い換えれば、海外の安さが日本経済の緩衝材(ショックアブソーバー)として機能していたのです。

その結果、

  • 物価は上がらない

  • 賃金も上がらない

  • 金利も上がらない

という状態が長く続きました。日本はインフレを回避できましたが、その代わりこうしたデフレマインドに覆われ、経済成長も停滞していきました。

世界経済のルールが変わった

1990年代以降、世界経済の構造は大きく変化しました。

冷戦終結後、

  • IT革命

  • インターネットの普及

  • プラットフォーム企業の台頭

  • AI・半導体競争

  • 金融市場の巨大化

が進みました。

価値の源泉は工場や設備から、

  • ソフトウェア

  • データ

  • ネットワーク

  • ブランド

  • 知的財産

へと移っていきます。

日本企業の技術力が低下したというよりも、世界の利益構造そのものが変わったと言えるでしょう。

2020年代に転機が訪れた

2020年代に入り、

  • 新型コロナ

  • ウクライナ戦争

  • 中東情勢の緊張

  • サプライチェーンの混乱

  • 世界的インフレ

が相次ぎました。

その結果、日本を支えてきた「海外の安さ」が失われ始めます。

中国をはじめとするアジア諸国の賃金は上昇し、資源価格やエネルギー価格も高騰しました。日本が30年間依存してきた低コスト構造は維持が難しくなったのです。つまり、デフレマインドは貧しさを回避できなくなったと言う事です。

 

現在の円安の本質

現在の円安は、単なる為替市場の変動ではありません。

長年、海外の安い労働力や安価な輸入品によって隠されていたコスト上昇圧力が、世界的なインフレによって表面化した結果とも考えられます。

かつて日本は「物価の高い豊かな国」でした。

高い賃金を支払いながらも、高い付加価値を持つ製品を輸出することで豊かさを維持していました。

しかし現在では、国際的に見ると賃金や購買力の相対的な低下が進み、「安い国」と評価される場面も増えています。

円安は、そうした日本経済の変化を映し出している側面があります。

さらに、日本は少子高齢化によって労働力人口が減少しています。

高度成長期には豊富な若年労働力が存在しましたが、現在は人手不足が多くの産業で深刻な課題となっています。

その結果、介護、建設、農業、物流、外食など、多くの分野で外国人労働者への依存が高まっています。

ここで考えなければならないのは、日本社会が今後も現在の規模を維持できるのかという問題です。

人類の歴史を振り返れば、人々は常に移動を繰り返してきました。日本列島に住む人々もまた、長い歴史の中で様々な地域から渡来した人々と先住集団が混ざり合いながら形成されてきたと考えられています。

その意味では、人の移動そのものは特別な現象ではありません。

問題は移民を受け入れるか否かではなく、人口減少が進む中で、日本がどのような社会を目指すのかという点にあります。

労働力不足を外国人で補うのか、AIや自動化によって補うのか、あるいは経済規模そのものの縮小を受け入れるのか。

円安の背景には、為替や金融政策だけではなく、このような人口構造の変化も存在しているのです。

なぜ日本株は買われるのか

一方で、日本企業には依然として大きな強みがあります。

  • 世界トップクラスの製造技術

  • 豊富な現預金

  • 比較的安定した社会

  • 高めの配当利回り

  • 円安による割安感

長いデフレ時代を生き抜く中で、多くの企業は借金を抑え、内部留保を積み上げてきました。そのため海外投資家から見ると、日本株は「割安で財務が健全な市場」として魅力的に映っています。逆に見ると日本労働者の賃金が低い分、株価高や配当金として、海外に行っている事となります。

 

円安と株高が同時に起きる理由

一般には、

  • 円安は悪い

  • 株高は良い

と考えられがちです。

しかしインフレ局面では、

  • 現金の価値は下がる

  • 実物資産や企業資産の価値は上がる

という現象が起きます。

現在の日本では、

「円の価値が下がる一方で、企業資産は再評価されている」

ため、円安と株高が同時に進行しているのです。

賃金停滞と格差拡大

物価と賃金が下落するデフレ下では、企業はリスクを取って投資するインセンティブを失います。本来、緩やかなインフレは賃金上昇を伴えば問題になりません。

しかし日本では長年にわたり、

  • 物価上昇

  • 賃金上昇

  • 金利上昇

のバランスが取れませんでした。

その結果、実質賃金は伸び悩み、多くの人の購買力は低下しました。

一方で、海外資産や株式を保有する層は円安や株高の恩恵を受けています。

そのため資産格差は拡大し、社会の不満や閉塞感も強まっています。

近年増加する特殊詐欺や匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)の背景にも、こうした経済格差や将来不安があると指摘されています。

 

おわりに

現在の円安は、単なる為替市場の変動ではありません。

それは、

  • 長期デフレ

  • グローバル化

  • コスト削減経済

  • IT革命による産業構造の変化

  • 世界的インフレ

という30年以上にわたる変化が積み重なった結果です。

日本は長い間、海外の安い労働力や安価な輸入品に支えられることで、デフレ下でも一定の生活水準を維持してきました。

しかし世界経済の環境が変化したことで、その仕組みは限界を迎えつつあります。

現在起きているのは、

「日本人の購買力の低下」と「日本企業資産の再評価」が同時に進む現象

とも言えるでしょう。

その結果として、円安と株高が同時に進行しているのです。

これから重要になるのは、コスト削減によって利益を確保する経済から、付加価値を生み出し、その成果を賃金上昇へ結び付けられる経済へ転換できるかどうかです。

ここで忘れてはならないのは、現在の主要先進国の金融政策です。

多くの先進国の中央銀行は、物価上昇率2%程度を目標とする「インフレターゲット」を採用しています。

日本でもアベノミクス以降、黒田東彦総裁のもとで2%の物価目標が掲げられ、現在の植田和男体制においても基本的な方針は維持されています。

つまり本来は、物価だけが上昇するのではなく、賃金や金利もそれに応じて上昇し、人々の購買力が維持されることが前提となっています。

しかし日本では長年のデフレによって、「物価は上がらないもの」「金利は低いままのもの」という意識が社会に深く根付いてきました。

そのため、物価上昇そのものを異常な現象として捉える見方も少なくありません。

現在の議論の多くは、この30年続いたデフレ環境を前提としているため、世界の標準的な経済環境との間に認識のずれが生じているようにも見えます。

日本はいま、30年続いた経済モデルの転換点に立っています。

円安も株高も、その変化の一部に過ぎません。

これから問われるのは、失われた30年をどう評価するかではなく、変化した世界の中でどのような経済と社会を築いていくのかということです。

その選択が、次の30年を左右する大きな分岐点になるでしょう。



グローバル資本主義とその限界

はじめに

 

日本が30年以上経験している低体温のような長期停滞。欧米を直撃した激しいインフレ。そして中国の不動産バブルの崩壊。

これらは一見、各国固有の政策ミスや地政学的なアクシデントに見えるかもしれません。しかし、カメラの引きの画(え)を最大にしてみれば、すべて根底にある原因は同じだと気づきます。すなわち、「拡大と成長を前提とした、現在のグローバル資本主義システムの本質的な限界」が、それぞれの国で異なる症状となって噴き出しているのです。

グローバル資本主義は市場を世界に広げることで成長してきました。それは人々の経済格差を原動力としていました。そのどちらも内部矛盾を含んでいます。

グローバル化とは経済的にも均質化すると言うことです。つまり人件費の安い国は高くなり、高い国は安くなると言う事です。それに反発し、アメリカではMEGA派を生みトランプ大統領を誕生させました。日本においては中国人を中心に外国人排斥の気運が高市政権を後押ししました。その裏には国内での経済格差拡大があり、多くの人が「負け組」なり、生活が苦しくなりました。

また、経済格差によって、新たに欲しいものが無い富裕層と買うお金が無いマス層に分れ増した。言わるる中間層の現象ですが、これではお金はうまく流れません。

50年前の世界より現在は発展し、物質的には明らかに豊かになりましたが、しかし。ともに貧しければソーシャル・キャピタルが上がり、比較対象が低く設定できます。

私たちは今、近代を支えてきた経済システムの「機能不全」の現場に立ち会っていると思います。

現在のシステムの限界?

現在のシステムが破綻しつつある理由は、大きく分けて3つあります。

1. 「富の偏在」と「需要の消滅」
本来、経済は血液のように循環しなければなりませんが、グローバル化とデジタル化の結果、富が一部に猛烈に偏在するようになりました。日本を含めて、工業先進国では貧富の差が拡がり、成熟した経済ではソフトウェア―以外では社会的なイノベーションは生まれにくくなっています。

さらに企業の利益は詰み上がり、配当金が上がり、株価の高値は更新し続けています。しかし企業の利益は人件費に回らず、物価高が社会問題となっています。

共産圏1の大国である中国でも経済的には自由主義国と一体となり、世界経済の一角となっていて、砂上の楼閣だと思われる不動産投資資金が流れ、現在は滞っています。

2. 「金融空間」と「実体経済」の致命的な乖離
私たちが暮らす実体経済よりも、お金がお金を生む「金融空間」が肥大化しすぎています。欧米の物価高は、過剰に供給されたマネーが投機に回り、実社会のインフラやサプライチェーンを揺るがした結果です。中央銀行が金利をいじるだけで経済をコントロールできる時代は、すでに終わりつつあります。
3. 「人口減少」という物理的な壁
現在のシステムは、前年比プラスの成長を続けなければ、債務の利息すら返済できない「自転車操業」の仕組みです。しかし、日本を筆頭に世界が直面する少子高齢化・人口減少は、この「右肩上がりの拡大」という前提と真っ向から矛盾します。人が減る社会で無理に成長を要求すれば、システムが歪むのは当然です。

経済の目的は「人々の幸福」

ここで、私たちは最も本質的な原点に立ち返る必要があります。

そもそも経済とは何のために存在するのでしょうか。

経済(Economy)の語源であるギリシャ語の「オイコノミア」は、共同体や家庭の家計管理を意味していました。また東洋の「経世済民」は、「世をおさめ、民を救う」という意味を持っています。

西洋でも東洋でも、本来の経済とは、人々の生活を安定させ、より豊かで幸福な人生を実現するための仕組みとして考えられていました。経済は目的ではなく、人々の幸福を実現するための手段だったのです。

ところが近代以降、とりわけ20世紀後半からは、その手段と目的が逆転してしまいました。

GDPを伸ばすこと。
株価を上げること。
企業利益を拡大すること。

本来は人々を豊かにするための指標や手段であったものが、それ自体を追い求める目的へと変わっていったのです。

例えるなら、幸福という目的地へ向かうために車に乗ったはずなのに、いつの間にか「スピードを上げること」だけが目的になってしまった状態です。速度計の数字は上がっているのに、乗客は疲れ果て、道中を楽しむ余裕すら失っているのです。

実際、先進国の多くではGDPが増加しても、人々の幸福感や人生への満足度が必ずしも向上しているわけではありません。所得が一定水準を超えると、幸福感との相関は弱くなることが多くの研究で指摘されています。

脳科学の視点から見ても、これまでの経済システムは「もっと欲しい」「もっと手に入れたい」という欲求を刺激することで成長してきました。これは主にドーパミンによる報酬系の働きです。

しかし、ドーパミンによる快楽は持続しません。新しい商品や地位を手に入れても、やがて慣れ、さらに次の刺激を求めるようになります。

一方で、人間には安心感や信頼関係、健康、社会とのつながりから得られる幸福もあります。これらにはセロトニンやオキシトシンなどが深く関わっていると考えられています。つまり中毒症状です。(脳内報酬系物質は脳内麻薬として作用した結果です。

これからの経済システムは、「より多く消費させること」を目的とするのではなく、人々が安心して暮らし、健康を維持し、良好な人間関係を築ける社会を支える仕組みへと変わっていく必要があります。

経済成長そのものを否定する必要はありません。しかし成長はあくまでも手段であり、目的ではありません。

私たちが目指すべきなのは、GDPの拡大ではなく、より多くの人の幸福の拡大です。

そして、その価値観の転換こそが、「次の経済システム」の出発点になるのではないでしょうか。

この締めくくりはブログ全体の方向性としてよくまとまっています。ただし、「予測」と「提案」が混在しているため、少し整理すると説得力が増します。また、「UBS(Universal Basic Services)」は読者に馴染みが薄いので少し説明を加えた方がよいでしょう。

次の経済システムへのシフト

では、次の経済システムはどのような姿になるのでしょうか。

もちろん未来を正確に予測することはできません。しかし、人口増加の鈍化、環境制約の強まり、AIやロボティクスの進化といった大きな流れを考えると、これまでのような「拡大と成長を前提とした経済」から、「持続可能性と幸福を重視する経済」へと重心が移っていく可能性は高いでしょう。

その姿は単一の思想や制度ではなく、デジタル技術と地域社会を組み合わせた、より多層的な経済システムになると考えられます。

ドーナツ経済学への移行

これまでの経済は「どれだけ成長したか」を重視してきました。

しかし今後は、地球環境の限界を超えず、人々の最低限の生活基盤を確保することを目標とする考え方が重要になるでしょう。

経済成長そのものではなく、「持続可能な豊かさ」を追求する社会です。

価値の多層化

現在の経済では、価値の尺度はほぼお金だけです。

しかしデジタル技術やブロックチェーン技術の発展により、地域通貨やコミュニティポイントなど、多様な価値交換の仕組みが生まれつつあります。

これらは単に富を蓄積するためではなく、人と人とのつながりや地域社会の活性化を支える仕組みとして機能する可能性があります。

生存基盤の保障

AIやロボティクスが生産性を大幅に高める時代には、「働かなければ生きられない」という近代の前提そのものが変化するかもしれません。

医療、教育、基礎的なエネルギーや通信など、人間が社会で生きるために必要なサービスを公共的に保障する仕組み――いわゆるUBS(Universal Basic Services)の考え方も注目されています。

これは単なる福祉政策ではなく、テクノロジーが生み出した豊かさを社会全体で共有するための仕組みとも言えるでしょう。

日本は「成熟社会」の最前線にいる

世界からは「失われた30年」や「成長しない国」と評されることの多い日本ですが、別の見方もできます。

日本は世界に先駆けて少子高齢化と人口減少を経験し、物質的な豊かさが一定水準に達した社会でもあります。

言い換えれば、日本は成長社会の次に訪れる「成熟社会」の課題に、他国より早く直面しているとも考えられるのです。

もし日本が、

「どれだけ多く生産するか」

ではなく、

「限られた資源の中で、どれだけ人々の安心感や幸福感を高められるか」

という新しい価値観に基づく社会モデルを築くことができれば、それは人口減少時代の世界に対する一つの先行事例となるでしょう。

おわりに

近代以降の経済システムは、人類にかつてない豊かさをもたらしました。

しかし、無駄遣いなしには経済システムが成り立たなくなり、大量生産大量消費世界となっています。広告収入なしに成り立つメディアはほとんどありません。広告主を批判しにくくなります。放送メディアの許認可権は政府が握っているので、政権批判はしにくくなっています。そして、snsでは広告ビジネスが横行し、やりたい放題言いたい放題です。真実を語るのでなく、人目を引き再生回数を上げる事が優先されます。「口コミ」を操作する企業が出来、依頼された店には「良い口コミ」をだし。競合しそうな店には「悪い口コミ」が行われています。

 

がさらなる成長を求め続けなければ維持できないという矛盾も抱えるようになりました。

私たちは今、その転換点に立っています。

次の時代に必要なのは、「どれだけ成長したか」を競うことではなく、「人々がどれだけ安心して暮らし、幸福を感じられるか」を問い直すことなのかもしれません。

経済とは本来、人間のための道具です。

その原点に立ち返ることこそが、次の経済システムへの第一歩になるのではないでしょうか。

 

経済指標から見た日本の現状

はじめに

私たち日本人は、同じ日本丸に乗っています。

しかし船内には多くの人がいて、普段は窓の外を見る機会があまりありません。そのため、自分たちの船が今どこにいて、どの方向へ進んでいるのかを実感しにくくなっています。

そこで本稿では、さまざまな経済指標を用いて現在の日本を俯瞰してみたいと思います。

経済の実態を完全に表す指標は存在しません。しかし、GDP、一人当たりGDP、賃金、株価、政府債務、人口動態などを総合的に見ることで、日本の現在地はかなり鮮明に見えてきます。

本稿では国際比較を行うため、主にドル建てのデータを使用します。現在の日本は円安の影響を強く受けているため、ドル換算では以前より厳しい数字が並びます。しかし、それもまた世界から見た日本の評価の一部です。

一方で、ドル建て指標は為替の影響を大きく受けるため、それだけで日本が豊かになった、あるいは貧しくなったと断定できるわけではありません。重要なのは、複数の指標を組み合わせて全体像を把握することです。

2025年時点の日本の名目GDPは約4.3兆ドル、一人当たりGDPは約3万5千ドル前後となっています。かつて世界有数の高所得国だった日本は、現在では一人当たりGDPで世界40位前後まで順位を下げています。(Worldometer)

こうした数字を一つずつ確認していくと、円安の影響だけでは説明できない日本経済の変化が見えてきます。

それではまず、日本経済の規模を示すGDPから見ていきましょう。

日本の主要経済指標(ドル建て)

指標 金額 / 数値 (USD) 世界順位 アジア順位 備考・データソース
① GDP (名目) 約 4.38兆ドル 第4位 第2位 IMF(2026年予測)。1位米、2位中、3位独に次ぐ規模。
② 一人当たりGDP 約 35,700ドル 第40位 第7位 IMF(2026年予測)。通貨安により順位を下げています。
③ 平均所得(年収) 約 30,250ドル 約25〜30位 第4〜5位 国税庁「民間給与実態統計調査」(約478万円)。
④ 所得の中央値 約 25,000〜28,000ドル 約25〜30位 第4〜5位 厚労省の各種調査(約380〜430万円)ベース。
⑤ ジニ係数 0.32 〜 0.38 中位(格差は並) 国際比較用(OECD)で約0.32、国内再分配後で0.382。
⑥ 平均資産額 約 216,000ドル 第24位 第4位 UBS「グローバル・ウェルス・レポート2025」(大人1人あたり)。
⑦ 資産額中央値 約 103,600ドル 第16位 第3位 同上。格差が比較的小さいため、中央値は高めです。

各指標の詳細とマクロ視点での分析

 

1. フローの視点:GDP と 一人当たりGDP

  • 名目GDP(世界4位 / アジア2位)経済全体の規模としては、中国に次ぐアジア2位を維持しています。しかし、ドル建てで見るとドル高・円安の影響を大きく受けており、3位のドイツとの差が開き、5位のイギリスや6位のインドが猛追している構造です。
  • 一人当たりGDP(世界40位 / アジア7位)生産性の伸び悩みと為替のダブルパンチにより、世界40位まで後退しています。アジア圏内でも、シンガポール、香港、カタール、イスラエル、アラブ首長国連邦(UAE)、韓国、台湾などの後塵を拝する形となっています。

2. 分配の視点:所得(平均・中央値)とジニ係数

  • 平均所得と中央値(世界25〜30位圏内 / アジア4〜5位)国内ではベースアップなどの賃上げが進み、円建てでは過去最高(平均478万円)を記録しているものの、ドル建てに換算すると「約3万ドル」に目減りします。これは欧米主要国(アメリカの約7万〜8万ドルなど)の半分以下の水準です。アジアでは、シンガポールや香港、韓国の後ろに位置します。
  • ジニ係数(0に近づくほど平等、1に近づくほど格差大)厚生労働省の「所得再分配調査(2025年公表)」では、税や社会保障を課す前の当初所得ジニ係数が 0.5855 と過去最大(高齢化による年金生活者の増加が主因)となりましたが、所得再分配後のジニ係数は 0.382(OECD基準の相対的貧困率等で見ると約0.32)に落ち着きます。国際的に見れば、アメリカ(0.4前後)より格差は小さく、北欧諸国(0.2台)よりは大きいという「中程度の格差国」です。

3. ストックの視点:資産額(平均・中央値)

フロー(所得)の弱さに比べ、日本は過去の蓄積であるストック(資産)において強みを発揮します。

  • 平均資産(約21.6万ドル:世界24位 / アジア4位)
  • 資産の中央値(約10.3万ドル:世界16位 / アジア3位)UBSの最新調査によると、日本の大人1人あたりの資産額中央値は世界16位と、平均額(24位)よりも上位に位置します。アジアでは香港、台湾に次ぐ3位(シンガポールや韓国を上回る)です。平均値より中央値のランキングが高いという事実は、アメリカなどのように「一部の超富裕層が平均値を極端に引き上げている社会」に比べ、日本は中間層が比較的、均等に一定の資産(現預金や不動産)を保有していることを示しています。

総括

現在の日本経済をドル建てで評価すると、「過去の貯蓄(ストック)はアジアでもトップクラスに潤沢だが、通貨価値の低下によって、現在稼ぎ出す力(フロー)の国際的な購買力が大きく目減りしている状態」と言えます。経済規模(GDP)の割に個人の豊かさ(一人当たり指標)が伸び悩む歪みが、数字にも明確に表れています。

日本における30年以上に亘る不況は多くの国民が、GDPでは中国に抜かれたけど国民の豊かさは東・東南アジア随一との感覚から抜け出せていない事が背景にあると思います。国際的な日本の地位を知ることから始め、日本をこれ以上凋落させないようにしたいと思います。

 

今世紀の世界物価と日本経済

はじめに

近年、世界的なインフレによる物価高騰が深刻な社会問題となっています。日本でも食品やエネルギー価格の上昇が続き、多くの人が「生活が苦しくなった」と実感する場面が増えています。

日本銀行は長年、「2%程度の安定したインフレ」を目標としてきました。本来、適度なインフレは企業活動や投資を活発化させ、賃金上昇も伴いながら経済を成長させると考えられています。

しかし現在の日本では、物価上昇だけが先行し、賃金や預金金利が十分に追いついていません。

特に、大企業では賃上げが進みつつある一方で、中小企業や非正規雇用、派遣労働では恩恵が限定的です。その結果、「賃上げされる側」と「取り残される側」の格差が拡大しています。

本来、健全なインフレとは、

  • 物価が上がる

  • 賃金も上がる

  • 金利も上がる

というバランスが取れた状態です。

しかし現在の日本では、「物価だけが上がる」構造になっているのが特徴です。

物価上昇とは「通貨価値の低下」

消費者物価指数(CPI)は、見方を変えれば「お金の価値の逆数」とも言えます。

例えば、2000年に100円で買えた商品が、現在200円必要になっているなら、その通貨の購買力は半分近くに低下したことになります。

世界の多くの先進国では、長年にわたり年2%前後のインフレを積み重ねてきました。一方、日本は長期デフレと低成長が続き、物価上昇率は極めて低水準にとどまりました。

その結果、2000年以降の25年間で、各国の物価には大きな差が生まれています。

2000年から見た主要国の物価上昇

国名 2000年比 主な背景
米国 約1.85倍 コロナ後の急激なインフレ
英国 約1.88倍 エネルギー・食品価格高騰
イタリア 約1.67倍 ユーロ導入後の緩やかな上昇
フランス 約1.62倍 政府による価格抑制策
ドイツ 約1.61倍 エネルギー危機後に上昇
日本 約1.12倍 長期デフレと低成長

欧米諸国では、この25年間で物価が約1.6〜1.9倍になっています。つまり、2000年に100円相当だった商品が、現在では160〜190円程度になっている計算です。

一方、日本はほぼ横ばいでした。

「失われた20年」が生んだ差

2000年以降、日本は長期間にわたり低成長とデフレ傾向が続きました。

その間、欧米では毎年2%前後のインフレが積み重なり、賃金も徐々に上昇していきました。

年率2%という数字は小さく見えますが、長期間積み重なると大きな差になります。

1.02^{25}≒1.64

つまり、25年間で物価は約1.6倍になる計算です。

日本はこの流れから取り残され、「世界が前に進む中で、日本だけが止まっていた」状態になっていました。

日本人の購買力はなぜ急低下したのか

現在、日本人が海外で感じる「異常な物価高」は、単なる円安だけでは説明できません。

本質的には、

  • 海外では長年インフレと賃金上昇が続いていた

  • 日本は物価も賃金も停滞していた

  • そこへ急激な円安が重なった

という「二重の変化」が起きているためです。

米国との比較

項目 2000年頃 2026年頃
米国の商品価格 100ドル 185ドル
為替レート 1ドル=105円 1ドル=150円
日本人の支払額 10,500円 27,750円

日本人から見ると、同じ商品を買うための負担は約2.6倍になっています。

これは単なる「海外旅行が高くなった」という話ではなく、日本円の国際的購買力が大きく低下したことを意味しています。

国力は漠然とした概念です。具体的には、国際的な発言直・国民の平均所得・GNPの大きさなどあると思います。

国力 - Wikipedia

 

円安と積極財政への懸念

近年、日本では「積極財政」や「大規模な財政出動」を支持する声が強まっています。景気対策として政府支出を増やし、経済を下支えしようという考え方です。

もちろん、国家財政は家計とは異なります。国には通貨発行権があり、個人のように即座に破綻するわけではありません。しかし、「国だから借金を増やしても問題ない」と単純化してしまうのも危険です。

個人が借金で生活費を補えば、いずれ返済や厳しい取り立てに直面します。国家の場合、直接的な催促の代わりに現れるのが「為替」です。

為替相場は、その国の経済力や通貨への信認を映し出す重要なバロメーターです。市場が「この国の通貨価値は将来弱くなる」と判断すれば、円安という形で反応が現れます。

政府や日本銀行による為替介入は、短期的な投機を抑える効果はあります。しかし、経済構造そのものに原因がある場合、根本的な流れを変えることは難しく、継続的な介入は巨額の資金を必要とします。

そして、その負担を最終的に受けるのは国民です。円安による物価上昇で生活が苦しくなるのは、官僚や政治家よりも、日々の暮らしを支える一般家庭だからです。

特に注意すべきなのは、供給能力や生産性の向上を伴わないまま、通貨供給や財政支出だけを拡大した場合です。

経済全体の付加価値が増えないまま市場に出回るお金だけが増えれば、相対的に通貨価値が下がる可能性があります。

日本は特に、

  • 資源

  • エネルギー

  • 食料

を海外からの輸入に大きく依存しています。

そのため円安が進むと、輸入価格が上昇し、国内の物価を押し上げます。現在のインフレは、需要が強すぎることで起きる「好景気型インフレ」というより、輸入コスト上昇による「コストプッシュ型インフレ」の側面が強いと言われています。

しかし、賃金や預金金利は物価上昇ほどには伸びていません。

その状態でさらに円安が進行すれば、

  • 物価上昇

  • 実質賃金の低下

  • 消費低迷

  • 景気悪化

という悪循環がさらに強まる可能性があります。

経済政策は「雰囲気」や短期的な期待感だけで判断できるものではありません。積極財政そのものが絶対的に悪いわけではありませんが、生産性向上や産業競争力強化を伴わなければ、通貨価値の低下という形で国民生活に跳ね返ってくる危険性があります。

アジア新興国の急成長

一方、アジア新興国では、経済成長とともに物価も大きく上昇しました。

国名 2000年比 特徴
ベトナム 約4.2倍 急速な経済成長
インドネシア 約3.8倍 高インフレを経験
フィリピン 約2.5倍 安定成長
中国 約1.8倍 成長に比べ比較的安定
タイ 約1.6倍 穏やかな上昇

かつて日本から見ると「物価の安い国」だった東南アジア諸国も、現在では急速に所得が増加し、日本との差が縮小しています。

ハイパーインフレの国々

さらに一部の国では、「物価上昇」というより通貨価値そのものが崩壊するレベルのインフレも起きています。

例として、

  • アルゼンチン

  • ナイジェリア

などでは、慢性的な高インフレや通貨下落が問題となっています。

こうした国々では、財政不安や政策への信認低下によって、「自国通貨を持ちたくない」という状況が発生しています。

日本は世界の中で「特殊」だった

この25年間の世界経済を整理すると、大きく3つのグループに分かれます。

1. 日本(約1.1倍)

長期デフレと低成長が続いた、世界でも珍しい超低インフレ国。

2. 欧米先進国(約1.6〜2倍)

適度なインフレと賃金上昇を伴いながら成長。

3. 新興国(2.5倍以上)

高成長と高インフレが同時進行。

世界の主要国の多くが物価上昇を経験する中、日本だけが極端に低い水準に留まっていました。

問題は「物価」だけではない

現在の問題は、単純な物価高ではありません。

本質的には、

  • 賃金が伸びない

  • 預金金利が低い

  • 資産格差が拡大する

  • 円の国際的購買力が低下する

という複合的な問題です。

特に、株式や不動産を保有する層は資産価格上昇の恩恵を受けやすい一方、現金収入中心の層は物価上昇の影響を直接受けやすくなります。

つまり現在のインフレは、単なる「値上げ」ではなく、日本社会の構造的な歪みを映し出しているとも言えます。

おわりに

日本国内だけを見ると、現在の物価高は「異常事態」に見えます。

しかし世界全体で見れば、むしろ特殊だったのは、日本の長期停滞の方でした。

問題は、その停滞の後に、

  • 賃金上昇

  • 生産性向上

  • 産業競争力の強化

を十分伴わないまま、急激な物価上昇局面に入ってしまったことです。

さらに世界では、財政赤字、格差拡大、不動産・金融市場の不安定化など、多くの構造問題が同時進行しています。

現在起きているインフレと格差拡大は、単なる景気循環ではなく、グローバル資本主義そのものの歪みが表面化している現象なのかもしれません。

 

『円の鎖国』と、「実質金利」「外貨建て資産」

 

 

はじめに

かつての日本には、外の世界のインフレから私たちを守ってくれる「盾」がありました。しかし今、その盾は崩れ去り、私たちは否応なしにグローバル経済の荒波に放り出されています。

単に「物価が上がって困った」というレベルの話ではありません。これは、日本経済が長年守り続けてきた「特殊な均衡」が崩壊した、歴史的な転換点なのです。

アジアという「調整弁」の喪失

江戸時代の鎖国以来、日本には自国の尺度のみで物事を判断する風土がありました。戦後もそれは形を変えて生き残り、多くの先進国が「インフレターゲット2%」を掲げて成長する中で、日本だけがデフレを維持できました。

それを可能にしていたのは、中国をはじめとするアジア諸国の存在です。

彼らの向上した技術力と、かつての低廉な労働力を背景に、「安くて質の良い製品」を大量に仕入れることで、日本は国内の物価を抑え込むことができました。いわば、アジアをデフレの「バッファー」として利用してきたのです。

しかし、そのアジア諸国も今や豊かになり、人件費は高騰しました。彼らはもはや「安く売ってくれる相手」ではなく、世界標準の価格で「競り合うライバル」となったのです。

欧米経済への「強制的な飲み込まれ」

アジアという盾を失った日本を待っていたのは、欧米主導のインフレ経済圏への統合でした。

欧米諸国が「物価も賃金も上がるのが当たり前」というルールで動いている以上、その供給網に依存している日本が、彼らのインフレを輸入するのは必然です。

独自のルールが通用しなくなった今、私たちの資産を守るための「物差し」もまた、グローバル標準へとアップデートする必要があります。

資産規模で変わる「防衛のフェーズ」

資産形成のステージに応じて、私たちは以下の現実を直視しなければなりません。

3000万円を超えたら「実質金利」

通帳に記された数字が増えているか(名目金利)は、もはや重要ではありません。

「名目金利 - インフレ率 = 実質金利」

この計算式こそが、あなたの資産の真の姿を映し出します。物価が2%上がる中で、金利がそれ以下であれば、あなたの資産は「目に見えない税金」によって毎日削り取られているのと同じなのです。

8000万円を超えたら「円建て」はリスク

資産が8000万円を超えてなお、円建ての商品だけで運用することは、日本経済という「特定の一国」と心中するに等しい行為です。

世界がインフレターゲット2%を目指して走っている以上、その流れに乗った外貨資産やグローバル資産を組み入れないことは、購買力の維持を放棄することに他なりません。

さいごに

私たちは今、江戸の開国以来の大きな転換期に立っています。

「数字を守る」のではなく「購買力を守る」。

この視点の転換ができるかどうかが、これからの時代、人生を豊かに保ち続けられるかどうかの分かれ道になるはずです。

 

火山の国 日本と、稲作文化

はじめに

――日本の自然条件が生んだ稲作と料理

日本列島は、火山活動によって形成された島々です。そのため地形は急峻で、平野は決して広くありません。こう言うと、農業には不利な土地に見えます。しかし、この地形と気候の組み合わせは、結果的に水田稲作に極めて適した環境を生み出しました。

急峻な地形と多雨

日本列島は、急峻な山地と豊富な降水量を持つ火山列島です。
この地形と気候は、

  • 飲料に適した豊かな水

  • 稲作に適した環境

  • 養分に富んだ平野

を生み出しました。

暖流である黒潮は、大量の水蒸気を含んだ暖かい空気を伴っています。湿った空気は火山島である日本列島で急峻な山地にぶつかり上昇し、雲となり雨を降らせます。

そのため、日本列島の年間降水量は世界平均のおよそ2倍とされ、非常に雨の多い地域となっています。

世界地図を見ると、日本と同じ緯度帯の内陸部には乾燥地帯や砂漠が多く見られます。海から遠い地域では湿った空気が供給されにくいためです。

飲料に適した豊富な湧水

日本では降った雨が山地へ浸透し、地下水となります。

雨水は森林を通り、

  • 火山灰層

  • 砂礫層

  • 花崗岩の割れ目

などをゆっくり通過することで自然に濾過されます。特に火山由来の地層は多孔質で、水を蓄えやすく、天然の浄水器のとなります。

そのため、日本の地下水や湧水は、

  • 軟水が多い

  • ミネラルバランスが穏やか

  • 不純物が少ない

  • 有機物が腐敗しにくい

という特徴を持ち、飲料に適した水になりました。

さらに、日本の川は短く急流であるため、水が長期間滞留しにくく、水質が悪化しにくいという特徴もあります。

稲作を盛んにした自然条件

日本列島は雨が多く、山から絶えず川へ水が供給されます。

この条件は、乾燥を好む畑作には扱いづらい一方、水を張って育てる稲作には非常に適していました。

特に水田には、

  • 水が自然に集まりやすい

  • 水が循環し腐りにくい

  • 山から養分が流れ込む

という利点がありました。

また、日本は平地が少ないため、人々は斜面を利用して棚田を発達させました。さらに、水田には単なる農地以上の役割がありました。

  • 水を貯める

  • 洪水を緩和する

  • 土砂を沈殿させる

  • 地下水を涵養する

など、水循環を安定させる働きも持っていました。

川が平野を作った

日本列島の平野の多くは、「沖積平野」と呼ばれる地形です。

山は長い年月をかけて風化し、

  • 火山灰

  • 岩石の破片

  • 森林由来の腐植土

などになります。

それを川が下流へ運びます。日本の川は急流であるため運搬力が強く、大量の土砂を海沿いへ運びました。

こうして形成された代表的な平野には、濃尾平野・関東平野・石狩平野などがあります。

三角州と養分に富んだ土地

川が海へ流れ込む場所では、水流が弱まります。すると、川が運んできた細かな土砂が堆積します。これが三角州です。

三角州には、

  • 山から削られたミネラル

  • 森林由来の有機物

  • 火山灰由来の養分

が大量に集まります。

つまり、日本の平野は「山の栄養」が集積した土地なのです。特に日本列島では火山活動が活発で、カリウム・リン・微量ミネラルを含む新しい地質が継続的に供給されてきました。これが稲作に適した肥沃な土地を作りました。

山・川・海がつながる循環

日本列島では、

山 → 川 → 三角州 → 水田 → 海 という循環が強く結びついています。

山が雨を受け止め、川が養分を運び、平野が形成され、水田が水を蓄え、最後に海へ戻る。

この循環によって、日本列島は面積の割に高い生産力を持つ土地となりました。

巨大河川こそ少ないものの、

  • 多雨

  • 森林

  • 急流河川

  • 火山地質

が組み合わさることで、小規模でも生産性の高い平野が各地に形成されたのです。

日本の季節は、稲の暦だった

日本の気候も、稲作と見事に噛み合っています。

  • 春から初夏にかけての梅雨

  • 夏の高温

  • 秋の安定した晴天

梅雨は田植え直後の稲に十分な水を与え、
夏の暑さは成長を促し、
秋の晴天は収穫と乾燥を安定させました。

これは偶然というには、あまりに都合が良い。
日本の四季は、稲の成長段階そのものだったと言えます。

      米が「主食」になった必然

こうした条件のもとで、米は単なる作物ではなくなりました。

  • 保存が利く

  • 単位面積あたりの収量が高い

  • 水田は共同管理が必要

その結果、米は食料であり、税であり、富の尺度であり、社会秩序の基盤となります。

日本社会に「村」「共同体」「年中行事」が強く残ったのも、水田稲作が人を孤立させなかったからでしょう。

      米が料理を規定した

米が中心にあることで、日本の料理は独自の方向に進みました。

  • 米の味を邪魔しないおかず

  • 発酵による保存(味噌・醤油・酢)

  • 油を使いすぎない調理

これは美意識の問題ではなく、主食が米だったことの必然的帰結です。

パン文化圏が「料理で主食を包み込む」のに対し、米文化圏では「料理が主食を支える」。和食が「引き算の料理」に見えるのは、米が完成度の高い主役だったからです。

陶器

日本料理は器が重要な働きをしています。

日本列島で陶器や磁器が発達した背景には、

  • 火山活動

  • 多雨

  • 急流河川

  • 堆積平野

が深く関係しています。

つまり、日本の焼き物文化は「山が砕かれ、川が運び、火が焼いた文化」と言えます。

 火山列島は「焼き物の材料の宝庫」

陶器や磁器には、

  • 粘土

  • 珪石

  • 長石

などが必要です。

これらは主に、

  • 火山岩

  • 花崗岩

  • 火山灰

が長い時間をかけて風化してできます。

日本列島は火山活動が非常に活発で、

  • 新しい岩石

  • 火山灰

  • 熱水変質した鉱物

が大量に供給され続けました。

特に火山灰は細かく砕かれているため、水と混ざると粘土化しやすい特徴があります。

川が「良い粘土」を選別した

山でできた土は、そのままでは石や砂が多く焼き物には向きません。しかし、日本の川は急流です。

そのため、

  • 大きな石は上流に残る

  • 砂は中流

  • 非常に細かな粘土粒子だけが下流へ運ばれる

という「自然の選別」が起きます。さらに川が蛇行したり、氾濫したりすると、細かい粘土が堆積します。焼き物に適した粘土は、こうした場所で採れました。

つまり川は、天然の粉砕機であり選鉱機でもあったのです。

陶器と磁器の違いと地質

陶器は比較的粗い粘土でも作れる為、日本各地で発達しました。

  • 瀬戸

  • 信楽

  • 備前

などです。

これらは鉄分を含む粘土が多く、

  • 赤褐色

  • 土味

  • 炎の変化

を活かした焼き物になりました。

一方、磁器には「陶石」が必要です。特に重要なのが、

  • カオリン

  • 長石

  • 珪石

です。

これは花崗岩や火山活動に伴う熱水変質によってできます。有田焼はそこで算出される良質な陶石で、磁器文化が発達した為です。有田焼の原料となった泉山陶石も、火山活動と熱水変質の産物です。

森林と川が燃料と輸送を支えた

焼き物には大量の薪が必要です。日本は森林が多く、窯の燃料・灰釉の材料

を得やすい環境でした。

さらに川は、粘土の運搬・製品輸送にも使われました。

つまり、

山 → 粘土・木材
川 → 運搬・選別
火 → 焼成

という自然条件が一体化していました。常滑で土管などの重い陶器が作られたのも海運で運ぶことが出来たからです。

おわりに

日本文化を理解する最短の道は、思想書でも神話でもなく、「食」かもしれません。

主食の米は、火山の国・多雨な気候・急峻な地形が生産に関わっています。縄文・弥生時代には加熱調理が行われた土器も日本の土壌が陶器に適していたからでしょう。

地震・火山や台風など自然災害は多い日本列島ですが、稲と人にとって、不思議なほど相性の良い場所でした。

日本文化で「食」は欠かせません。さらに稲作は水の管理を伴い、多人数の協力で成り立っています。こういったことが忖度し、反抗心の少ない文化の基盤となっていると思います。施政者はそれを利用して、反抗心を摘み取る為に「日本の伝統」を持ち出すのかもしれません。