はじめに
カーク氏の暗殺は、アメリカ社会の分断を決定的なものとしました。さらに、近年の関税政策は同盟国にも負担を強いる形となり、冷戦時代には考えられなかった状況が生まれています。従来の資本主義は「反ソビエト共産主義」という枠組みの中で機能していましたが、ソビエト連邦の崩壊以後、その対抗軸を失ったアメリカには新たな経済システムが求められています。
中国は市場開放によってアメリカ主導の経済圏に組み込まれましたが、「一帯一路構想」を掲げ、独自の経済システムを提示しました。これにより、ドルが占めてきた圧倒的な通貨シェアに対し、人民元の存在感が増すことはアメリカにとって大きな脅威となります。米中双方による「相互関税」の大幅な削減は、まさにその経済圏に取り込んだ事と独自経済圏の着手と言う事へのジレンマを反映していると言えます。
また、アメリカ国内では宗教勢力の影響力が再び強まっています。その源流をたどると、北東部に移住したピューリタンに行き着きます。彼らはイギリス国教会に反発し、「神の前では穢れた人間は平等」を追い求めて新大陸へ渡りました。イングランド王権や国教会の弾圧によって、説教や礼拝が制限されていたため、自らの信仰生活を守るために独自の宗教共同体を築こうとしたのです。
ただし、ピューリタンの「信仰の自由」とは、自らの聖書信仰を守ることに限られており、他宗派を認めるものではありませんでした。実際、共同体内ではクエーカー派や異端とされた人々が追放・処罰される例もありました。一方で、メリーランドではカトリック教徒、ペンシルベニアではクエーカーがそれぞれの宗教共同体を築き、比較的寛容な政策を敷いた例も見られますが、どの植民地においてもすべての宗派が平等に扱われたわけではありませんでした。
したがって、独立する以前のアメリカの「宗教の自由」は、普遍的な理念というより、各宗派が自らの信仰を守るために模索した「限定的な自由」にすぎませんでした。その後、啓蒙思想の影響や多宗派の共存を経て、「すべての人に保障される権利」として定着していきましたが、今日に至るまでアメリカ社会では一部のキリスト教宗派が強い政治的影響力を持ち続けています。

最近の傾向と論点
2015年、アメリカ・ケンタッキー州で起きたキム・デイビス事件は、公務員の職務と個人の宗教的信仰の対立をめぐる象徴的な事例として広く知られています。
事件の概要
ローワン郡の書記官であったキム・デイビス氏は、最高裁が同性婚を合法化した後も、自身のキリスト教的信仰に反するとして、同性カップルへの婚姻許可証の発行を拒否しました。これに対し同性カップルは彼女を提訴し、裁判所は職務の遂行を命じました。しかし彼女は従わず、命令不履行で収監される事態となります。最終的に、婚姻許可証から自らの署名を外すという妥協策で職務に復帰しましたが、この一件はアメリカ社会で大きな議論を呼びました。
同性結婚の許可証発行拒否で収監の郡職員、釈放 - BBCニュース
社会的議論の焦点
この事件以降も類似の事例は散発的に発生しており、主に以下の点が論点となっています。
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公務員の職務と個人的信仰の対立:公務員は法に基づき職務を遂行する義務を負いますが、これが個人の信仰と衝突した場合、どちらを優先すべきか。
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「宗教の自由」の範囲:憲法修正第1条が保障する宗教の自由は、公務員の職務行為にまで適用されるのか。
賛否両論
支持する立場(信仰の自由の擁護)
批判する立場(法治主義の擁護)
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公務員は個人の信仰に関わらず、法に従って職務を遂行すべきだとする。
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宗教的信条に基づく公的判断は政教分離に反する。
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婚姻許可証を拒否された同性カップルにとっては「信仰の自由」ではなく単なる差別である。
事件の意義
キム・デイビス氏の行動は、信仰の自由と法治主義、政教分離原則というアメリカ社会の根幹をなす価値観の対立を鮮明に浮かび上がらせました。そのため彼女の事件は、単なる地方の一公務員の問題を超えて、アメリカ社会全体を二分する象徴的な事例となったのです。

まとめ
私たちのアメリカ観は「自由で開かれた世界の警察」だったと思います。そのイメージとトランプ氏の姿勢の違いに戸惑います。
アメリカにおける「信仰の自由」は、建国を主導した清教徒(ピューリタン)の思想に深く根付いており、その精神は現代のキリスト教福音派に受け継がれています。福音派は聖書を絶対的な真理とみなし、アメリカの政治や社会に大きな影響を及ぼしています。この歴史的・宗教的背景を理解することは、アメリカの政治文化や「合衆国」という国家の成り立ちを理解する上で欠かせません。歴代大統領が聖書に手を置いて宣誓する慣習も、その信仰の重みを象徴しています。
トランプ氏が繰り返し「フェイクニュース」と語る背景には、福音派的な発想があります。彼らにとって聖書は唯一絶対の真理であり、それに反する大手メディアの報道は「虚偽」と見なされるのです。現在、アメリカ人のおよそ4人に1人が福音派とされ、彼らの多くは「世の終わりが訪れ、カナンの地でキリストが復活し新しい世界が始まる」と信じています。そのため、カナンの地=パレスチナを守ることは宗教的使命と考えられ、国連におけるイスラエル非難決議にアメリカが拒否権を行使する理由の一つとなっています。
さらに、オバマ政権の政策が覆された背景には、清教徒的な白人中心の価値観が根強くあり、黒人であるオバマ大統領を「自分たちの伝統に反する存在」と見なした福音派の反発が影響していると考えられます。
